【投稿者:M.Oさん】
車で通勤している男はある日の仕事帰りに、事故の現場に遭遇してしまいました。ダンプと高価そうな外車の事故で外車はガソリンに引火して燃えていたのです。
まだ消防も警察も来ていない状態で現場は騒然としており、野次馬気質の男は路肩に車を停車させて車を降りて事故の現場を近くで見ようとしたのです。
すると、「車のなかに人がいるぞ!」と声がしました。近くの店から消火器を手に出てきて車にかける人もいますが火の勢いはおさまる気配はありません。
爆発するかもしれないため、誰も助けに入れないのです。男は遠くからその様子を見ていて、どうにか助ける方法がないかと考えましたが、ただただ燃え上がる炎を見ていることしか出来なかったのです。
これ以上見ていられないと思いその場を立ち去ろうとした男だったのですが、次の瞬間燃えている車のドアが開き、炎に包まれている男が転がり落ちてきました。
急いで近くにいた人が男の火を消そうとしたのですが、燃え上がる男はその場に倒れこんでびくともしません。
ようやく火は消し止められたものの、車から落ちてきた男は微動たりともせず、目は恐怖におののくように見開いており、一部始終を見ていた男は恐怖に震え上がりながらも、(これはもうダメだな…)と悟ったのです。
皮膚が焼け爛れているその顔は直視できるようなものではないものの、目が離せません。
見てはいけないと思いつつもじっと見ていると、ガッと見開いたままの目がぎょろっと動き、じっと見ている男を睨み付けたような気がしたのです。
男は遺体と目が合ってしまったことに恐怖を感じて、その場を離れたのです。
その日は燃える男の姿が頭から離れず、食事も喉を通りませんでした。ニュースでは事故を報道しており、やはりあの男は死亡が確認されたとのこと。
毎日通勤で使う道なので男はすっかりと気が滅入ってしまいました。
次の日、出勤のために事故現場を通ると、すでに花が手向けられていました。
炎上した形跡もわずかに残しているので、男は焼きただれた姿を思い出し、吐き気とあの目つきが頭から離れずに早くここを抜け出したいとおもったのです。
しかし、その日の夜から男は奇妙な夢を見るようになったのです。
それは、見知らぬ人が夢に出てきて話をしていると、突然その人が燃え上がり、「また見殺しにするのかぁぁ!」と言いながら灰だらけになっていく夢。
あんな事故を見た後だから、怖さで変な夢を見るんだと男は考えないようにしようとしたのですが、毎晩同じように目の前で同じ人が燃えて「人が死ぬのが見れてうれしいかぁぁ!」「お前が俺を殺したんだぁ!」などと罵倒しながら燃える人をただ見ている夢ばかりを見るようになり、毎日恐怖で飛び起きてしまうほどに。
男はあの時野次馬をしたことを後悔していました。きっとトラウマになっていてこんな夢を見るのだと。
しかし、おかしなことは夢だけではありません。
あの事故の現場に近づくとラジオにノイズが入り、そのノイズが「うぅぅ……」という男のうめき声にも聞こえてくるようになったのです。
さらに、ラジオのノイズと同時に目を開けているのが辛くなるほどの頭痛に襲われるのですが、その現場からある程度離れると頭痛もノイズもおさまります。
もしかしたら霊がついているかもしれないと思った男は、近くの寺でお払いをしてもうらことになりました。
お寺の方に事情を話したところ、現場に花を手向けると亡くなった方は安心して成仏できると言われ、お塩と花を手に事故現場へ。
たくさんの花の中にはたばこやお酒などが置いてあり、亡くなった人への悲しみが男にも伝わってきました。
男は花を置いて塩を盛り、手を合わせて「助けてあげられなくてごめんなさい。どうか成仏してください」と呟くと、ノイズのような音が聞こえたかと思うと、「あぁぁ……」と、正確には聞き取れない、声のようななにかの音がしました。
きっとありがとうと言ってくれてるんだと安心して車に乗り込んでしばらく走らせていると、右側から赤信号を無視した猛スピードの車が突っ込んでくるのが見えました。
「え?!」っと思った瞬間、男は意識を失ったのです。そして、目が覚めたとき、あたりは一面炎。
男は事故に遭い、車が炎上していたのです。
「た、助けてくれ……」と声にならない声を出した瞬間、ラジオにジジジっとノイズが入ったかと思うと、またしてもボソボソと「あぁ……」と聞こえました。
そして、ボソボソとした声は一転、「あんたも道ずれにしてやる!!」とはっきりした声に変わったのです。
事故の衝撃で男は身体を動かすことが出来ず死を覚悟するなか、いるはずのない助手席に事故を目撃したときに焼けただれた男の姿が見えました。
焼けただれた男が笑っている姿が見えるなか意識は遠退き、(俺も連れて行かれるのか)と思った瞬間ドアが開き、男は助け出されました。
病院に運ばれた男は一命を取り留め、その日からあの夢は見なくなったということです。
今でもあの道を使っているものの、男の声は聞こえなくなり日常を取り戻したものの、興味本位で人の最期を見届けるなんてことをしてはいけないと悟ったのです。