【投稿者:R・Iさん】
以前、勤めていた古い特別養護老人ホームの話です。
わたしは介護福祉士をしております。今は別の施設で勤めていますが、数年前、長く勤めていた特別養護老人ホームが、いろいろと変わったことのある施設だったので、そのことをお話したいと思います。
そこは、山の上にある施設です。その場所は、戦国時代、お城があったあたりといういことです。ちょうど施設のある場所は、処刑地だったそうです。
そのせいか、深夜など暗い時間帯、窓から外をみないほうがよいと言われていました。
首のない武者のような人が歩いていたり、馬が走る音が聞こえてくるなど、いろいろな話は聞いていました。
ある夜勤の日、利用者の一人の所在確認ができないことがありました。数人いる夜勤者総出で施設の中をくまなく探し回りましたが見当たらず、外に出たのではないかという話になりました。
それは夜の2時くらいの時間帯だったと覚えています。
幸い、真冬ではなかったので、万が一利用者が外に出たとしても、雪の中に埋もれていたり、凍えていたりする心配はなかったのですが、なにしろ山の中であり、どんな事故があるか分からないので、早急に見つける必要がありました。
それで、夜勤者のうち何人かは施設の中に残り、残りは外に出て利用者を探すことになりました。
若輩者のわたしは、外に出る組に振り分けられました。
夜勤者数人が一人ずつ別方向に向かって、懐中電灯と携帯を持って探し始めました。
「〇〇さーん」
と、呼びながら探しました。仲間たちの声は次第に遠のいてゆき、道は心細くなりました。その道は暗い電灯がとぎれとぎれに灯っているだけで、足元が僅かに照らされるだけです。懐中電灯であちこち草むらや荒れた田んぼを探しながら、「こっちにはいなさそうだな」と諦めかけた時でした。
とんとん、と、後ろから肩を叩かれました。それから囁き声で「もどりなさい。ここから先は行くな」と言われました。
一瞬、仲間かと思って振り向いたのですが、そこには誰もいませんでした。
その時は必死だったので、怖いとは思いませんでした。ただ、その声にしたがったほうが良いような気がして、来た道を戻ったのです。
そうすると、施設の玄関で外に探しに出ていた仲間たちが集っていて、わたしを見て口々に言い始めました。
「おまえ、携帯つながんないんだもん。心配させやがって」
「もしかして充電きれてないか」
ポケットから携帯を出すと、携帯の電源自体が切れていました。そういえば、夜間、携帯が鳴るのを防ごうとしてマナーモードにしようとしていたのだった、と思い出しました。まだ慣れていないスマホだったので、操作ミスで電源を切っていたのに違いありません。
仲間たちによれば、施設の中にいる夜勤者から、件の利用者がトイレにいるのを見つけたので戻ってくるよう連絡が入ったとのことです。わたしにだけ連絡が繋がらないので、どうしようかと話していたところだったそうです。
「なにしろ、〇〇さんがちゃんと中にいてくれて良かったよ」
「ちゃんと探したのかよ、ほんとに」
みんなで、〇〇さんの所属するユニットの夜勤者について軽く愚痴り、とりあえず良かったということで落ち着いて、夜勤の続きに戻りました。
あの時、肩を叩いて教えてくれたのは誰だったのだろうと思います。
そして、もし教えてもらえなかったら、わたしはどうなっていたのだろうと思うのです。
あのまま進み続けていたら、何か、見てはならないものに遭遇してしまったのだろうか。あるいは、事故に遭っていたのだろうか。
この一件は、ありがたいような、恐ろしいような、そんな記憶です。
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