【投稿者:しんさん】
あれは夢だったのかなと思ってしまうような不思議な体験の話です。
私は中学生の時、愛知県の中学校で野球部に所属しており、キャッチャーとして同じポジションだった同学年の松田(仮称)くんととても仲良くしていました。
松田くんは、周りとは違う感性を持っており、コアなビジュアル系バンドのファンでした。彼はその個性の強さから集団に馴染むタイプではありませんでした。しかし私はそんなこだわりが強く、僕の知らない世界を教えてくれる松田くんに魅力を感じていました。週末の休みの日にはよく一緒に遊んでいました。
そんな楽しい日々に一つの転機が訪れました。中学1年生の3学期、松田くんは親の都合で、富山県に引っ越すことになってしまいました。
引っ越してから数ヶ月が経ったある日、松田くんから電話がありました。夏休みに愛知県に遊びに来るという連絡でした。それから数週間が経ち、夏休みの予定を立てるために私は彼に電話をかけました。もう20年も前の時代ですので、まだ携帯電話というものは持っておらず、自宅の固定電話から電話をかけました。
電話をかけると数回のコールの後、電話口からお婆さんの声が聞こえました。
「松田さんのお宅ですか?」
「まおあまけえあわどだえれあだ…」
お婆さんは、大きな声で返答をしてきました。しかし、言葉の訛りがあるせいか喋っている言葉がうまく理解できません。私はもう一度尋ねました。
「松田さんのお宅ですか?かずやくんに代わってもらえますか?」
「あかうずまやらはずつけれへてきいうく…」
やはり何を言っているか分かりません。私が再度尋ね始めると、お婆さんは何か大きな声を出して電話を切ってしまいました。
きっと電話番号を間違えたのだろうと思い、もう一度電話番号を慎重に押して電話をかけました。数回のコールの後、先ほど聞いた声が再び耳元から聞こえてきました。
「松田さんのお宅ですか?かずやくんと話したいのですが…」
先ほどよりもさらに大きな声で、何かを怒鳴りながら、また電話を切られてしまいました。
私は、少し怖くなり、1時間ほど時間を空けて電話をかけ直しました。すると電話口からFA Xの送受信時になるような機械音が聞こえてきます。
「ピープルルーピプンピプンピー」
それからしばらくの間、何度掛け直してもこの機械音が鳴るだけでした。
その日の夜、私はもう一度松田くんに電話をしました。
数回のコールの後、電話に出たのは、聴き慣れた彼の声でした。
良かった。心の底からそう思いました。
私は、お昼の出来事を伝えました。
私が喋り終えても、松田くんは何も返答してくれません。妙な緊張感が電話越しに伝わってきたのを覚えています。
「聞いてる?」
僕がそう尋ねると、松田くんが震える声で話し始めました。
「今朝、一緒に住んでたばあちゃんが亡くなった。今日はそのことがあったから、家族全員、家にはいなかったはずなんだけど」
背筋が冷たくなったのを覚えています。
そんなはずはない。
確かに、僕は、お婆さんと話したのです。
僕はもう一度だけ、昼の体験を話した記憶があります。しかし、彼の気持ちを考えて、かけ間違えたんだろうという結論で、話を終えました。
ただ、彼に一つだけ伝えなかったことがあります。私はかけ間違えていないかを確認するために自分の通話履歴をみて確認していたのです。今松田くんと話している番号とおばあさんと話した番号は一緒だったのです。
数日後、松田くんから電話があり、おばあさんの関係で夏休みに愛知県に来られなくなったということを伝えられました。
その一件以来、私と松田くんはなぜか、連絡を取り合わなくなってしまいました。
それから一年ほど経ち、中学3年生になる春休みに野球部のみんなで松田くんの話になりました。
一年という時間が、あの時の怖かった体験を風化してくれていたのでしょう。僕は久々に松田くんに電話をかけることにしました。
電話番号を押し間違えないように慎重に、番号を押していきます。
押し終わった後、しばらく沈黙がありました。すごく長い沈黙に感じました。
電話口から女の人の声が聞こえました。
「この電話番号は現在使われておりません」