【投稿者:ラムさん】
これは、私の知人の話です。
M村さんは、最近は釣りにハマっていると言っていて、頻繁に遠出をしていました。
この日も、仲間内から穴場スポットを教えてもらい、M村さんは嬉々として出掛けたそうです。そこは、いわゆる、知る人ぞ知る場所なのですが、過去の事故から、一部は立ち入り禁止になっていました。
人が滅多にこない午前1時。夏の暑い時期とあり、やや蒸し暑い風が吹いていたため、M村さんは半袖シャツ1枚になり、ジッと魚が来るのを待ちました。
ところが、1時間を過ぎても魚は来なくて、M村さんはイライラしてきたそうです。
ふと見れば、立ち入り禁止の立て看板。もしかして、あっちなら釣れるのではというよからぬ発想に、M村さんは逆らえませんでした。竿を持って柵を乗り越えようとすると、「そこ、立ち入り禁止だよ」そう声をかけられました。
ギクッとして振り向くと、いつのまにかそこには1人の男性がいて、ジッとM村さんを見ていました。蒸し暑いなか、まるで冬に着るような防寒着を着て、目深にキャップを被っていたそうです。
「ルールは守らなきゃダメだよ」
穏やかに言われて、M村さんは反省したそうです。社会人として恥ずかしい気持ちになりました。
「ここでやってみな。きっと釣れるよ」
男性が指差したところで竿を構えると、ものの数分で釣れたそうです。
M村さんが喜ぶと、男性が高らかに笑いました。ふと見ると、男性は竿を持っていません。気になって聞けば、男性は落としたんだと言いました。
M村さんは、釣りを始めてまだ浅いことや、なかなかうまくいかないことなど、気がつくといろいろなことを話していました。
「俺も、そうだったな」
男性は、寂しそうにポツリと呟きました。釣りを始めた頃は失敗の連続だったそうです。
「くれぐれも、立ち入り禁止のところには近づくなよ」
男性は、強い口調でそう言うと、聞こえるか聞こえないかの声で、「冬の川ってのは、寒いんだよ」と付け足したそうです。
M村さんは、ずっと気になっていたことを口にしました。
「あの、ところで暑くないんですか?そんな、真冬のような格好で」
聞いても、答えは返ってきませんでした。
「あの・・・」
振り向いたM村さんは、唖然としたそうです。なぜなら、そこには、誰もいなかったのです。もし、男性が立ち去ったなら足音はするはずですし、だだっ広い場所なので、去っていく後ろ姿が見えても良いはずです。
でも、男性はどこにもいませんでした。
M村さんは、無意識に立ち入り禁止の看板の方を見て、ブルッと震えたそうです。
それからというもの、M村さんは夜釣りはやめたと言っていました。